生年月日
身長
体重
血液型
出身地
出身校
Jデビュー
代表歴
ポジション
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1967年9月18日
182cm
74kg
O型
滋賀県
滋賀県立守山高等学校
筑波大学
1993年5月15日
日本国際代表Aマッチ122試合出場5ゴール
DF
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| サッカー歴 |
貴生川サッカー少年団 (全国大会出場)
1980 水口中学 (滋賀県大会優勝、近畿大会準優勝)
1983 守山高校 (インターハイ、全国大会出場、U-17日本代表)
1986 筑波大学 (大学選手権優勝、1988年日本代表)
1990 日産F.C (現:横浜F・マリノス)
2000 ジュビロ磐田
2001浦和レッズ
2002.12引退 (2004.01引退試合)
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| チームタイトル |
天皇杯優勝 (1991,1992 日産自動車サッカー部)
アジアカップウィナーズカップ優勝 (1992,1993)
横浜マリノス年間チャンピオン (1995)
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| 個人タイトル |
90-91日本リーグ新人賞(1991 日産自動車サッカー部)
Jリーグ ベストイレブン (1993,1994,1995,1996,1997)
アジア最優秀選手 (1995)
Kodak オールスター (1993,1994,1995,1996,1997,1998,2000,2001)
JOMO CUP (1995,1996,1997,1998)
生涯出場試合数 600試合以上
国際Aマッチ初出場 (1988 UAE戦)
国際Aマッチ122試合 (1999 ボリビア戦、日本歴代1位)
代表チーム主将 (1996-1999)
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| 現役引退後 |
公認S級指導者ライセンス取得(2006.04)
日本サッカー協会"JFAアンバサダー"(2003-2006)
びわこ成蹊スポーツ大学客員教授(2003-現在)
サッカー解説(NHK・日刊スポーツなど)
サッカーの育成と指導(少年サッカーなど)
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| 現在 |
U-23日本代表(五輪)コーチ(2006.08就任)
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| 書籍 |
ベースボールマガジン社発行 「B.B.MOOK 井原正巳のディフェンス論」(2006.04)
TOKYO FM出版 「井原正巳NO.1リベロへの道」(1995.12) |
| DVD |
井原正巳DVDバイオグラフィー グレートディフェンダー・日本代表の軌跡(2004.04)
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略歴
大学卒業後、日産自動車サッカー部(現.横浜F・マリノス)に所属、W杯の日本代表選手に選ばれ主将を務める。DFとして日本代表の守備陣を統率した。守山高校時代はFWの経験を持ち、筑波大学進学後にDFにポジション転向。それが転機となり大学2年の時から代表チームに加わる。筑波大学時代はサッカーに打ちこむ一方、教員免許も取得。国際Aマッチは122試合に出場し、日本歴代No.1記録を誇る。90年イタリアW杯予選に始まったW杯への挑戦はアメリカ、フランスへと続き、94年「ドーハの悲劇」の屈辱をバネに98年念願のフランスW杯へ日本代表を導く。相手のプレーの意図を察知する読みの鋭さと正確な配球、強さと冷静な判断力の両面を兼ね備えた日本を代表するサッカープレーヤーであり、その鉄壁な守備から「アジアの壁」と恐れられた。99年12月横浜F・マリノスからジュビロ磐田へ、2001年1月に浦和レッズへと移籍し主将として若手選手をリードした。2002年12月現役を引退。現役引退後は公認S級指導者ライセンスを取得する一方、NHKや日刊スポーツを中心にサッカー解説を行いながらサッカーの普及活動に力を注ぐ。2006年8月、U-23日本代表(五輪)コーチに就任。世界のトップレベルを目指して指導者として取り組む。
※日本サッカー協会による日本代表試合の認定基準変更により、国際Aマッチ出場122試合(従来は123試合)となりました。(2007.06.15) |